2015年10月04日

「ふたりのピアフ(2015.10.3)」を観て感じたこと

ashirati-paris.jpg



ゆうべは前原(福岡県です)まで出掛けて、ステージを観てきました。
女優さんの語り、シンガーさんのシャンソンとピアノで紡ぐ、エディット・ピアフの物語。
フライヤーを見るなり予約を即決した舞台。
楽しみにしてました。

期待に違わぬすてきな舞台でした!
行ってよかった
本当に舞台が近くて、小さくてという物理的な理由もあったでしょう。
(旧商家の土間がステージになっていました♪)
しかしその上で、生で、目の前で演じられる迫力というか、
ああ、これがライヴというものなんだ、
という感覚が強くして、
「来て」よかった、と心から思いました。

そもそも芝居はライヴなんで当たり前と言えば当たり前なんですが、
でも実は当たり前じゃないとかねがね感じていて。
正直、芝居を観に行っても、「ライヴ感」を感じることが少ないんです。
むしろ今回のように、ひしひしそれを感じる事の方が、
つまり、リアルに目撃し、その場、同じ空間にいられることの稀有さ、特別さといったものを体感することの方が少なくて。
どうしてなんだろうなあ、と思っていたのです。

昨日はどうして感じられたんだろう。
やっぱり演者さんの技倆だろうか。
ハートだろうか。

感じられない、こっちの感受性に問題があるのか(笑)。

自分たちは多分、小さな会場でしか公演をしないと思うので、
そのハコの中の空気が熱くなるような、ひとつになるような、
外とは違う空間になるような、舞台と客席の呼吸が同じになるような

「特別な空間」を作りたいなあ。
作り方の秘密、探りたいなあ。



そして演者の皆様。
すてきでした。
気持ちよく包まれました。
上手いなあ・・・・と思っていました。

とっても気持ちのよいステージに感謝です。
ありがとうございました♪



そうそう、エディット・ピアフについて。

この方の逸話については、なんとなくしか知りませんでしたが
今回の語りから感じたのは

「作品をつくる」者の個性というもの。

「才能」の凄み。


というものがどういうかたちを取るのか取ったのか少し見えた気がしたな、ということ。
あくまでひとつのかたちでしょうが。

そしてステージに立つということへの姿勢。

何のために立つのか。
誰のために立つのか。

それは、「生きる」ことと繋がっているか。

ステージから客席への想いとはなにか。


なんてことについて考えました。
参考にする、という方向よりは、知る、という感覚かな。

いろんな意味で、たっぷり楽しみ、勉強した一晩でした。


kozai-2.jpg



kozai-3.jpg





posted by ゆう at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/164975395
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック